人生の交差点(工場その1)

(JR信越本線・安中駅と東邦亜鉛)



工場その1・人生の交差点


先日、僕は所用で群馬県に赴いた。

群馬というと僕は必ず安中市(あんなかし)の東邦亜鉛を思い出す。工場の夜景がとても美しいのだ。その日も、この会社の工場前を自家用車で通りかかった。

信越本線・安中駅の背後に小高い山があり、その斜面一面に、工場の建物や施設が広がっている。歴史のある精錬工場だ。そこで海外から輸入した鉱石を原料に、純度の高い亜鉛をつくっている。

正門を入ってすぐ左側には、こぢんまりとした建物がある。工場に診療所はつきものだ。かつて僕が勤めた製鉄会社にも、やはり診療所があった。風邪薬とか胃腸薬、水虫の薬など、いつも無料で処方してもらっていた。

製鉄会社の工場では、現業も事務職も皆、安全靴を履いていた。そのせいか、水虫を患っている従業員が多かった。つま先には重量のある落下物から足先を守る鉄板が仕込まれていて、それはきわめて通気性の悪い革靴だった。

その診療所の先生は、前橋の群馬大を出ていて、かなりの高齢だった。好々爺(こうこうや)という言葉がぴったりの御仁であった。

なんというべきか工場というものは、戦前の昭和時代の遺物とでもいうべき様相を呈している。まるでプロレタリア文学の舞台のような世界だ。

僕は大学を出て、原価計算係として工場に配属された。なんと場違いなところへ来てしまったのだろうか――。これが、僕が最初に感じたことだった。

安中の東邦亜鉛を通り過ぎると、すぐに国道十八号線に突きあたる。そこを左折すると、混んでいなければ、小一時間で軽井沢町に行きつく。工場の雰囲気とは打って変わって、今度は、ブルジョワジーの香りが漂う。

だから、そこは、人生の交差点のような気がした。


小倉一純



0コメント

  • 1000 / 1000