萌えの向こう側(工場その3)

「萌えの向こう側」(工場その3)


工場萌えの女子たちは、ただ単に工場群の夜景がきれいだから、惹(ひ)かれているのではないと思う。

工場にある建物はふつう「建屋(たてや)」と呼ばれている。その建屋の屋根や外壁などはスレートの波板でできている。石膏ボードに近い感じの素材だ。それに経年の汚れが染みついて、なんともいえず地味な佇(たたず)まいである。

家電やクルマや一般住宅のような、カラフルさや派手さはない。流行を追いかけるなどというマインドも少しもない。

工場というのは質実剛健だ。生産現場だから、コストをとても重要視する。女性のおしゃれ感覚とは程遠い世界だ。

どんな新しい物を作っている工場も、昔のままの外観である。まるで昭和時代の遺物のようだ。

工場は実は社会主義である。従業員たちは皆、労働組合に所属し、春闘で労働者の権利を勝ちとる。

資本主義の日本社会において、工場の中だけは、マルクス主義の世界観に裏打ちされている。

そんな諸々の違和感が、工場萌えの女子たちの心に映(ば)えるのではないだろうか。

彼女たちは意識していないかもしれないが、工場に数多(あまた)ある饒舌(じょうぜつ)な夜間照明の向こう側のそんな違和感こそ、彼女たちの萌えの核心なのかもしれない。

僕はかつて大学を卒業して、工場に配属となったわけだが、当時は工場のそんな違和感に戸惑い、中々馴染むことができなかった。

だが強烈な印象を放つものには、時を経るに従い、良きにつけ悪しきにつけ、愛着を持つものらしい。

今では僕はそんな工場が好きで堪らない。


小倉一純



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