結 界


俺は結界に暮らしている。それは、多魔川の河原と、奥深い山との間にある、端境(はざかい)の辺りである。俺はどうして妖怪にならなければならなかったのか、毎日そのことばかりを考えている。寂しくなると、水際まで来て向こう岸を眺める。川の流れる音だけが聞えている。すべては深い霧の中だ。待てど暮らせど何も起こらない。期待外れの思いを胸に抱いて俺はまた、結界のねぐらへ戻る。


懲りずにまた川岸まで来ていた。何もないことはもう分かっていたから、すぐに帰るつもりだった。だがその日は違っていた。深い霧の向こうから、ギッチラコウ、ギッチラコウ、という音が聞えてくる。それは段々大きくなり、舟の舳先に立つ船頭の姿がぼんやりと見えてきた。被り笠と蓑を着けている。やがて小舟がその形を現す。ほかに同じ姿の五人の男たちが座っていた。船頭が器用に竿を使い、舟は岸の小さな船着き場へ着いた。


彼らは手に手に、酒瓶やら料理の入った折詰を持っている。船頭が敷いた御座の上で酒宴が始まる。知らぬうちに俺も加わっていた。気がつくと霧は晴れ、向こう岸では桜が満開だ。よく見ると彼らは皆、俺が人里にいたころの幼馴染である。次から次へと子供の時分の思い出話をした。くだらぬ馬鹿話ばかりであるが、とても愉快だ。酔った俺が川面へ小便を垂れていると、翌年も来ると言い残し、彼らは向こう岸へ帰って行った。


俺にも、彼らと一緒に向こう岸へ帰る日が遠からずやって来るのかも知れない。水面に映った俺は、人間の姿をしていた。              



小倉一純



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