お向かいに泥棒が入った!
モンベルのナップザックとウインドブレーカー、スポーツシューズという出で立ちの若い男が、インターホン越しに食い下がっている。高齢の母が応対しているらしいが、埒が明かない。階下へ下りた私は、リビングの掃き出し窓を開け、
「そういうお宅は誰なんですか?」
大きな声で怒鳴った。
「警察本部の田中(仮名)といいます」
「○課です」
「昨年の12月X日、お向かいの山崎(仮名)さんのお宅に空き巣が入りまして」
私は窓際のスツールに腰をかけ、招き入れた捜査員と向かい合った。庭で中腰になっている彼は、横浜の赤レンガ倉庫近くの県警本部から来たという。明日は、この辺りにも積雪の予報が出ている。空は鉛色である。ウインドブレーカーだけでは、真冬の冷気が骨身に染みるのではないだろうか。
「当日、犯行時刻の午後4時頃、お宅の車が、お向かいの武田(仮名)さんのカメラに映っているのですが」
「車の脇には、この辺では見かけない女性の姿がありました。何せ、画像が小さいもので、人物の特定ができないんです」
「はっきりしたことはいえませんが、外国人の犯行の可能性もあります」
「何か心当たりはありませんか?」
フェンスの向こう側の道路では、相棒の私服警官が、行きつ戻りつしていた。警察官は、口には出さないが、ウチも疑われているのだろうと思う。犯人が見つかるまでは、基本的には全員が黒星である。高齢の両親が山崎さん宅のガラスを破って侵入するとは考えにくいが……。山崎さんはもう高齢でご夫婦だけの暮らしである。よく茂った庭に面した掃き出し窓付近の様子は、道路からはほとんど見えない。事件の翌日にも、道路に出ていた父が、地元警察署の所属とおぼしき刑事に、事情聴取されている。午後からはガラス屋も来ていた。破られた掃き出し窓の、ガラスを交換するためだったのだろう。
高校時代にも、斉藤(仮名)君事件というのがあった。私が卒業した都立高校は、定時制を併設していた。当時、その定時制の生徒だった斉藤君に疑いがかけられたのだ。容疑は放火である。全日制の私の同級生の中にも、強い疑いを持たれた生徒がいた。彼(彼女)は、法廷では、始終泣き通しだったそうである。かくいう私も、敷地内の校舎脇で、背広を着た警察官の事情聴取を受けたことがあった。嫌な思い出である。
今回も、事件が解決する迄は、我われの容疑も100パーセント晴れた、とはいえないのである。
早期解決を切に希望する。 了
2019/02/09
小倉一純
今時、こんなに分かりやすい泥棒はいないそうです。背広を着こなし、何食わぬ顔で、住宅街を下見して歩くのだそうです。皆さん、用心いたしましょう!
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