先週の私と、これから

 2016年の私は、自分の脆弱なる存在に危機感を感じて、自分史づくりを始めた。雑感も含めて書き、PDFにまとめて、インターネット上にもアップした。なぜそうするかといえば、やはり本音は、人に見てもらいたい、共感してもらいたい、ということなのだろう、と今にして思う。

 アクセス数はゼロだった。文章を刷って人にも渡したが、意図を理解してくれる人も、多くはなかったと思う。努力はすれど報われず、すべてが徒労に終わった感があった。書いても書いても見向きもされない、という状況にはなかなか辛いものがあった。

 偶然だが、一昨年、随筆春秋と出会うことができた。そして今回、こうして発表の場を持つに至った。リニューアルしたこのホームページのことである。先週の私は、新しい玩具を得た子供の様に嬉々として、そこへ並べる作品を吟味していた。

 ここだけの話だが――、私は、物を書くというのは、芸術であると思っている。文章により、言葉を超越した美の世界を描く。とても崇高な事だ。だが私は、そこに物語が必要である、つまりストーリーを考えなければならないということを、全く自分に含んでいなかった。笑ってしまう。ストーリーを書いてこその作家なのである。

 ただ、生意気を言わせてもらえば、私には書きたい事がたくさんあるように思う。30代となってからは、身体をこわして半健康となり(40代に入るまでサラリーマンを続けた)、私は自分だけを見つめて生きて来た。そんな私の中には潜在的に、語りたい世界がたくさんあるのだ。それを上手く取り出すことが出来れば、物語はいくらでもあるように思うのである。それに、ひとつの些細な出来事であっても、切り口を変えれば何通りもの違う話となるのだ。そう考えると、人生が終わるまでにすべてを書けるだろうか、ということの方が心配になってくる。

 今は、その話を掘り起こすための手練手管を学ぶべき時なのだ、と思っている。随筆春秋に入会してから、それを勉強しているのである。   了


2019/02/11

小倉一純


近藤健 先生  

 先年、随筆春秋の近藤健先生は、30年近い東京生活を仕舞われ、故郷の町のある北海道へ戻られた。大手石油販売会社の本社を離れて、現在はその札幌支店に勤務されている。ご家庭の事情で転勤願いを出していたのだ。近藤健先生は、会社員と文筆家の二足の草鞋を履いた、日本一のサラリーマン作家である。

 一昨年縁あって、随筆春秋の同人となることを許された私は、10編近い作品を、札幌の近藤先生に添削していただいた。「よく書けています!」と寸評があるものの、原稿をめくるとそこかしこに朱が入っている。努力して勉強していくうちに、赤ペンの個所はだんだん少なくなっていき、私にとってそれが何よりの励みとなった。

 先日、近藤健先生よりこのホームページへコメントをいただいた。――機が熟し、花開く日を楽しみに待っております(その一部を抜粋)……と記されていたのである。感動!

 その近藤先生が師と仰ぐのが、随筆春秋の大御所でもある、作家の佐藤愛子先生である。

◆作品集 こんけんどうのエッセイ

(小倉一純)

私の作品集 since2016

第24回 随筆春秋賞公募 奨励賞 第13回 文芸思潮 エッセイ賞 第3次選考通過 第23回 随筆春秋賞公募 奨励賞 作文ist / さくぶニスト 小 倉 一 純

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