サラリーマンの仕事
私は鉄鋼会社、中でもステンレス鋼に特化した会社に勤めていた。その会社がかつてステンレス配管というのを開発した。ステンレス製の水道管である。築地の新聞社や銀座の大きなビルなどにも早速採用となった。それまでは亜鉛メッキ鋼管、つまり鉄の水道管が多く使われていた。ステンレス鋼は、耐食性、耐熱性、低温特性に優れた金属である。年数が経っても、赤さびなども発生せず、とても衛生的に使える。
入社3年目の私がいる営業の部署に、ひっきりなしに電話がかかっていた。
「ステンレスなのに、錆が出ているぞー!」
現場の水道工事屋さんである。調査してみて分かったのだが、水道の蛇口とステンレス配管をつなぐところに、絶縁パッキンが入っていなかったのである。それまでは、蛇口の金具も水道管も鉄製だった。今度はそれが、蛇口は鉄、水道管はステンレス、という具合になる。鉄にニッケルとクロムを混ぜてつくるのがステンレスだ。そんなステンレスは、鉄とは異種の金属である。
「異種の金属が水溶液中で接触すると、電位差により電気が流れ、錆が発生する」
という理屈がある。そういう事情なので、鉄の蛇口とステンレス配管のつなぎ目のところへ、電気を通さない絶縁パッキンを挟む必要があったのだ。その辺りの、会社のアナウンス不足もあり、一時期、錆に関するクレームが多発した。
疲れて行きつけの飲み屋に顔を出すと、「時間まで机にいれば給料がもらえるんだから、サラリーマンは気楽でいいね」 口癖のようにおばちゃんは言った。
その後、転勤もしたが、たとえお客さんとダイレクトに接触しない、総務や経理などの補助管理部門の仕事でも、定時から定時まで、決った仕事をこなして帰るという日はまずなかった。朝から晩までひっきりなしに電話がかかって来る。他部署からの問題提起である。私は思うのだが、仕事をすることは、問題解決の連続である。つまり仕事はクレーム処理みたいなものだ。
サラリーマンの仕事って、そういうものなんです。分かります? おばちゃん!
かくいう私は、錆のような赤い色のTシャツを着て、同窓生と記念写真に納まる年齢となってしまった。
了
2019/02/22
小倉一純
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