青年時代の悩み
大学の同窓生から、結婚式の案内状が届いた。その当時、僕は30歳だった。大学は札幌である。彼は帯広で式を挙げるという。北海道のそれは会費制だ。1万円が相場である。偉い人の挨拶もなく立食で、いきなりカラオケから始まる。
その頃、僕には悩みがあった。後年50歳を過ぎて判明するのだが、実は僕には発達障害がある。その影響で、僕はひとつのことを考え出すと、ずっとそれに拘ってしまう。どうにも頭を離れない事があったのである。
首都圏に暮らす僕は、札幌までは飛行機を使った。そこから帯広までは、列車である。北海道では電車とは言わない。ほとんどの区間が電化されていないからである。当時、帯広までは、特急でも3時間以上はかかったと思う。僕は缶ビールを飲んで、ぼんやりと広い北海道の大地を眺めていた。
法学部だった彼は、北海道の農協の親玉のような組織に就職していた。花嫁になる女性は、少し年上の同僚である。彼女の兄も結婚式に来ていた。話を聞くと彼は、女性の家族にすっかり取り込まれるようにして、結婚を決めたらしい。望まれて結婚するのだから、彼は幸せなのだろう。
結婚式が済み、初秋の帯広の街に僕らはいた。北海道だけあって、夜の空気の冷たさは肌を刺すようである。風向きによっては時折り、牛舎の匂いもする。ああ、ここはやはり北海道なのだ。
彼が、立派なエントランスのあるスナックへ案内してくれた。僕と彼ともうひとり、函館出身の同級生の3人で、スナックのソファーに腰をおろした。3人は学生時代の下宿が近く、よく一緒にいた。
僕は悩んでいたので口が重かった。適当に愛想笑いをし、思い出話につき合っていた。でも、内心は楽しかった。離れ離れになった3人が、こうして一同に会する機会がまたあろうとは思ってもいなかった。
結婚した彼は、帯広近くの足寄(あしょろ)という町の出身である。あの有名な歌手松山千春と同郷だ。高校の頃までは、その町には信号機が1箇所しかなかった、といって彼はいつも自慢していた。
淡いピンクのレース地のドレスに身を包んだポチャッとした彼女と、赤いシックなドレスを着こなした少しシャープな感じの女性の2人が、僕らのテーブルについてくれた。北海道の女性らしく、2人ともフレンドリーである。
「そこの彼さー、さっきから何考えてるの?」
「……」
「お酒、ウイスキーでいいっしょ。氷足しとくね!」
「いやさー、オレ、宮沢りえと後藤久美子のどっちが可愛いか、最近考えているんだ」
少し間をおいて、一同大爆笑となった。それからは話が盛り上がり、彼女たちは上手に僕から話を引き出してくれた。
「うんうんそれで?」
赤いドレスのシャープな女性が、悪戯っぽい目つきで僕に言った。
「だからね、○×▽◇?▼……」
酔った僕は要領を得ない答えをした。
「だからさー、結局、お前は、宮沢りえはすごくかわいいと思うけど、個人的には、美人の後藤久美子が好きだ、ということなんじゃない」
ということで、結局、話の決着がついた。
翌日、ホテルのフロントで3人が顔を合わすと、昨夜のスナックは面白かった、という話でまた盛り上がった。当時、僕だけがまだ独身だった。恥ずかしい話だが、還暦となる今も、いまだに独り身を貫いている。
そんな僕の青年時代の、帯広の夜の思い出である。
了
2019/03/18
小倉一純
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