山口六平太の思い出

 私はサラリーマン時代、電車移動のときには、必ず駅の売店やキオスクに立ち寄っていた。ビッグコミックやビッグコミックオリジナル、そしてPHPは、毎号必ず買って読んだものだった。当時の私は喫煙者で、駅も喫煙OKだったから、煙草やそれと一緒に飲む缶コーヒーもあわせて求めた。そうやって毎日、鉄路の道すがら買い物をしていると、月間ベースでは結構な出費となる。サラリーマンというのは額面でみると結構もらっているようでも、手取りは思いのほか少なく、外でちょっとした物をこまめに買っていると、案外とお金が残らないのである。売店を横目に見ながら「節約節約」と念仏を唱え、通り過ぎることもあった。月末になりお小遣いが厳しかったからである。今月は赤字にならないだろうかと、常にそんなことを心配する小心者の自分がいた。

 会社という所属する組織があり、そこへ大人しく乗っかっていれば、それなりに人並みには成れるという幻想も持っていたから、そんな些細(ささい)なことを心配する自分の日常も、愛おしいとさえ感じていた。

 だがすでに話した通り、私は精神的バランスをだんだんと崩していくことになるのである。あるいは私はもしかすると、子供の時分から情緒不安定気味のところがあったのかも知れない。

 そんな私にとって、必ず買うこれらの雑誌は、一種の精神安定剤だった。PHPはいわゆる人生読本である。毎号、心休まる逸話が掲載されていた。ビッグコミックオリジナルでは「釣りバカ日誌」、ビッグコミックでは「総務部総務課山口六平太」が特にお気に入りだった。どちらもサラリーマンを題材にした作品であったからだろうと思う。

 山口六平太が、会社のビルの屋上で煙草を吸うときの、ちょっと不良っぽい仕草が、いまも私の印象に残っている。

 そういえば私もサラリーマンになった当初は、製造所の総務部経理課の所属であった。そのすぐ隣には、総務部総務課があった。山口六平太のような気のいい奴はいなかったが……。


2019.09.17

小倉一純


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