寸劇 ―計測―

 どこが面白いんですが、といわれると申し開きようもないのですが、発達障害の人間にとっては内心、こんなことが面白かったりします。ネクラな感じではありますが。それとも危ないでしょうか。

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 郊外の戸建てに暮らしている。その猫の額ほどの庭には、よくあるタイプの物干しがある。重石(おもし)となる末広がりのセメント製の脚部が、庭の地面へドンと置いてある。上部には穴があり、そこへステンレス製のポールが差し込まれている。これが2メートルの間隔をおいて対をなしているのだ。それぞれのポールの上部は二股に分かれていて、その先は翼を広げたように左右へ水平に延びている。水平部分には、カタツムリの角(つの)のような引っかかりが都合4対、溶接されている。その角の部分へ、竿を掛けるのである。

 わが家では4本の竿を掛けている。角をすべて使っているのだ。南側なので洗濯物がよく乾く。竿もステンレスで出来ているが、その両端には樹脂製のキャップがはまっている。日当たりが良いせいか、その内のひとつが紫外線でボロボロになっていた。

 このキャップだけが商品として存在するのか分からなかったが、夜になって、とりあえずアマゾンで検索をかけてみた。すると、あった。何種類も売られている。そのそれぞれに、適合する物干し竿の太さが、直径で表示されている。明日になったら庭へ出て測ってみよう。今日はこれで就寝である。

◆◆◆

 夜が明けた。まず家の周りの道路を掃いた。わが家は角地なので、南と西に道路がある。今朝はところどころに落ち葉のある程度だ。10 分ほどで、両方の6メートル道路はきれいになった。

 さて、昨晩から懸案だった、物干し竿の直径である。ホウキを仕舞い玄関から中へ入り、物干しに面したリビングへ私は戻った。

 ――南側の掃き出し窓をゆっくり開ける。

 向こう側の道路を、登校中の小学生がゆっくりと歩いて行く。目が合った。今日の観客は彼ひとりである。私はやおらメジャーを取り出すと、キャップの傷んだ物干し竿の周囲へ、それを回し掛けた。メジャー本体につけた銀のストラップが、朝日を浴びてまばゆい光を放っている。およそ10センチ、つまり100 ミリという計測結果である。ズボンの後ろのポケットから仰々しくスマホをつかみ出し、電卓を呼び出す。100÷3.14=32 ミリ。外周を円周率で割って直径を求めたのである。

 私は天空に向かって叫んだ。

「あーっ、小学校を卒業しておいてよかったぁ」

 直径を割り出す計算の出来たことを私は内心自慢したかったのである。きょとんとした顔でこちらを見つめる小学生の男子とまた目が合い、私は彼に指でVサインを送った。

 そしてこう、〆た。

「本日の小芝居(こしばい)はこれまでっ!」

 ――そのまま後ろへ下がり、リビングへ戻ると、私は目の前の掃き出し窓を閉め、レースのカーテンも閉じた。

 寸劇の幕引きである。


2019.09.27

小倉一純


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