朝の犬走りから。電柱でござるぞッ!

 角地に建つ我家は去年、車に突っ込まれた。お陰で門は大破した。相手の保険会社から補償金が出て、住宅街の道路に面したそれは補修され、新しくなった。

 道路際の敷地内に立つ電柱には、散歩の犬が毎朝オシッコをかけていく。角地なので、立ち寄って足を上げる犬も少なくない。我家にも犬がいたから、そのことを五月蠅くいうつもりはない。

 我家の門構えは白を基調としている。立派ではないが 、直して綺麗になると、持ち前の貧乏性が顔を出す。電柱やその周辺にも染みを作りたくないと思うようになったのだ。いろいろな犬が毎日オシッコをかけると、どうしても黒ずんでしまう。その日も、人の好さそうなゴ ールデンレトリバーが、用を足していった。彼の顔を見て、「コラッ」と怒るわけにもいかない……。

  私は毎朝、自宅の庭をグルグルと回っている。運動のためだ。その庭は、大破した南側だけでなく、もう一方も道路に面している。建物はその際まで迫っていて、犬一匹が通れるほどの小道がそこにはある。こういうのを「犬走り」 と呼ぶらしい。防犯用の砂利の敷かれたその犬走りを、 ザクザクと音を立てながら歩くのが、最近の私の日課となっている。短いコースだが、私にとっては室内のエアロバイクや踏台昇降より遥かによい。歩きながら私はいろいろな事を考える。そのことが毎日の楽しみともなっているのだ。その日も、ひと汗かいたところで妙案を思いついた。

 「そーだ!」 

 ―― 強い者が縄張りを主張すれば、弱い者は近づけない  ……   

 これが、自然界の掟である。早速私は実行した。ここだけの話だが、トイレに行って自分のオシッコを紙コッ プに取り、問題の電柱の根本にかけたのである。

  翌朝は花冷えだった。都市部のこの辺りもぐっと気温が下がり、桜の季節だというのに山ぎわでは雪の予報も出ている。ダウンジャケットに白い軍手の私はいつも通り、犬走りをザクザクと音を立てながら、早足で歩いていた。と見ると、ポメラニアンが通りかかる。小さな愛玩犬である。何事もなかったかのように彼は、その電柱にオシッコをしている。そして、澄ました顔で、リ ードを引く少女と我家を後にした。

 「あれッ……」

  私は会社を早期退職したとはいえ、まだ還暦である。60歳の雄々しい男子なのだ。

  その私がマーキングした――、電柱でござるぞッ!  了   


2019/04/10

小倉一純


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